株価暴落の歴史

ブラックサーズデーとは?大暴落の背景にあった出来事も詳しく解説

ブラックサーズデーとは?大暴落の背景にあった出来事も詳しく解説

20世紀後半で最大級と言われるアメリカ株の大暴落、ブラックサーズデー。

後に勃発する第二次世界大戦の原因となったとも言われ、経済の歴史を語る際には欠かせない出来事となりました。

 

今回は、ブラックサーズデーとはどのような出来事だったのか、大暴落が起こった背景も含めて詳しくお伝えします。

 

ブラックサーズデーとは?

ブラックサーズデーとは、1929年10月24日に起きた、一連のアメリカ株の大暴落です。

ちょうどその日が木曜日だったことから「暗黒の木曜日」とも呼ばれ、また、アメリカ合衆国のウォール街にあるニューヨーク株式市場での出来事であったため「ウォール街大暴落」とも呼ばれています。

 

10月24日以降、10月28日の月曜日と10月29日の火曜日にも壊滅的な大暴落が起こり、その後約1ヶ月もの長い間、最悪の事態は続きました。

この大暴落は、アメリカだけでなく世界の株式市場までも揺るがす大きなきっかけとなったのです。

 

株価はどのくらい暴落したのか

1929年、アメリカ経済は好調でした。

ニューヨークダウは過去6年間も上がり続け、ブラックサーズデーが起こる直前の1929年9月3日には、当初の5倍にも相当する最高値381.17を付けたほどです。

 

しかし、結果として1929年11月13日には198.60という底値を付けることになりました。

その結果、物価は下落し、企業は相次いで倒産。それに伴って、アメリカ国内の失職者が1,300万人にも上るという、最悪の結果を招いてしまいます。

 

さらに、企業が倒産したことで、融資を回収できなくなった銀行も次々と破産に追い込まれ、まさに大恐慌となりました。

なお、この大暴落後の1930年4月17日、一時は史上2番目の高値である294.07の高値に回復しましたが、長くは続かず、株価は下降の一途をたどります。

 

そして、1932年7月8日まで下げ止まることはなく、最高値から89%の下落という結果になりました。

 

ブラックサーズデーが起きた背景

では、絶好調だったアメリカ経済がなぜこのような大暴落に陥ったのか、その背景を第一次世界大戦中と後に分けて見ていきましょう。

 

第一次世界大戦中のアメリカ

人類最初の世界戦争と言われる第一次世界大戦は、1914年7月28日から1918年11月11日まで、まさに4年3ヶ月もの間続きました。

その戦いは、ドイツ・オーストリアを中心とした同盟国と、イギリス・フランス・ロシアを中心とした協商国に分かれて繰り広げられました。

 

結果、1917年にアメリカが参戦したことにより協商国側が勝利をおさめることになりますが、この第一次世界大戦への参戦により、債務国であったアメリカの経済が変化していきます。

第一次世界大戦中、アメリカは軍用兵器の生産を担当することになり、兵器工場を数多く設立しました。

 

アメリカ国内の男性たちは戦場に行ってしまうため、残された女性たちが兵器工場で働くことになり、収入が増え始めた時期です。

しかし、1920年代の国民所得はまだまだ十分ではなく、やっと生活できる程度のレベルだったといいます。

 

そのため、消費は活性化されず、特に農業においては深刻な状況でした。

 

第一次世界大戦後のアメリカ

第一次世界大戦の終結後、戦勝国であるアメリカの経済はきわめて好調となり、その発展とともに株価も大きく値上がりしていきました。

それまでの債務国から大きく一転し、債権国として戦後の国際経済の主導権を握ることになったのです。

 

その背景には、第一次世界大戦に参戦したヨーロッパ諸国が関与しています。

まず、戦争のための費用をアメリカから借りていたイギリスやフランスは、敗戦国であるドイツに多額の賠償金を請求しました。

 

その賠償金を支払うために、ドイツは大量の貨幣を発行するのですが、その結果インフレが進行していきます。

そして、ヨーロッパ諸国での経済不安が原因で、各地では社会主義運動が勃発していきました。

 

この事態を受け、アメリカが支援に乗り出した結果、徐々にヨーロッパ経済は安定を取り戻すことになります。

そして、支援を行うことでアメリカ経済も活性化していきました。

 

しかし、ヨーロッパ経済の復興が進むにつれ、次第にアメリカに頼らなくてもいいような経済の基盤が出来上がっていきました。

ちょうどその頃、アメリカでは株式投資が広まりを見せますが、それは、投資というよりも投機に近いものでした。そして、一気に広がった投資ブームにより大量の資金が流入しましたが、そうなると売りに走る人々が現れるものです。

 

その流れが増し、株はどんどん売却されて下落の一途をたどった結果、ブラックサーズデーにたどり着いてしまったというのが一連の流れだと言われています。

 

ブラックサーズデーが第二次世界大戦を引き起こした?

ブラックサーズデーが起こった後、アメリカは、公共施設の建設などを積極的に行うことで多くの失業者に雇用のチャンスを与え、経済を活性化させるというニューディール政策を打ち出しました。

そして、イギリスやフランスは、自国と植民地だけで自給自足を実現するために、外国からの輸入品には高い関税をかけるというブロック経済を作っていきました。

 

また、日本は満州事変を起こし、ドイツはオーストリアなどを編入するなど、他国への侵略を正当化して領土を広めていきました。

そんな中、1939年にドイツのヒトラーは、ソ連との間に独ソ不可侵条約を締結します。

 

そしてドイツ軍はポーランドに侵入しますが、ソ連軍もポーランド東半分を制圧し、フィンランドとバルト三国などを併合しました。

この際、イギリスとフランスはドイツに宣戦布告したのが第二次世界大戦の始まりです。そしてこの戦争は、1945年8月15日に日本が敗北するまで続きました。

 

つまり、ブラックサーズデーによる経済恐慌を脱出するための各国の政策の違いが、約5,000万人もの死者を出した第二次世界大戦のきっかけとなったというわけです。

 

まとめ

今回は、ブラックサーズデーの内容や、大暴落が起こった背景についてお伝えしました。

ブラックサーズデーは、アメリカ株の大暴落ではありますが、その影響はとてつもなく大きく、世界を巻き込むものとなりました。

 

また、第二次世界大戦を引き起こすきっかけにもなっています。

この点からも、投資家ならずとも知っておきたい、重要な経済史の一つだと言えるでしょう。

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