株価暴落の歴史

ライブドアショックとは?一企業がきっかけとなった経済不況を詳しく解説

ライブドアショックとは?一企業がきっかけとなった経済不況を詳しく解説

「ホリエモン」と呼ばれ、メディアでも大人気だった堀江貴文氏が率いていたライブドア。

この一企業がきっかけとなったのがライブドアショックです。

 

当時、強制捜査や堀江貴文氏の逮捕という連日の報道は、投資家はもちろん、日本中に衝撃を与えました。

今回は、そのライブドアショックがどのような経緯で起こったのか、原因やその後について詳しくお伝えします。

 

ライブドアショックとは?

ライブドアショックとは、2006年1月16日、ライブドアが証券取引法違反の容疑で強制捜査を受けたことがきっかけとなり、翌17日に起きた株式市場の暴落です。

ライブドアが、資本金に計上されるべき資金を収益として計上していたことで、本来の業績が不調だったにもかかわらず好調であると偽っていたという疑いによる強制捜査でした。

 

これにより、東証に上場していた銘柄の90%以上もの株価が下がり、事件発覚からたった2日で、日経平均株価も1,000円近く下落しました。

そして、このライブドアショックによって、ライブドア株を所有していた投資家は一気に資産を失うこととなり、ライブドアは上場廃止に追い込まれました。

 

また、この強制捜査の翌日、17日にはライブドア本体の粉飾決算疑惑も浮上し、18日には市場は大量の売り注文が殺到しました。

そのため、東京証券取引所のシステムの処理能力の限界とされる約定450万件に近づき、東京証券取引所は、終了20分前である午後2時40分に「全銘柄の取引停止」という異例の事態に追い込まれることになりました。

 

市場の暴落だけでなく、東京証券取引所のシステムの信頼性についても不信感を与える出来事になってしまったのです。

 

ライブドアショックに至るまでの経緯

では、ライブドアショックに至るまでの経緯を時系列で見ていきましょう。

・1996年
堀江貴文氏が、Webサイト請負制作事業会社である「オン・ザ・エッジ」を設立する。

・2000年
東証マザーズ市場に上場する。

・2002年
無料インターネット接続サービスを提供する「ライブドア」を買収する。

・2004年
社名を「ライブドア」に変更し、この頃からテレビ番組に出演するようになる。
その後、経営難に陥っていた「大阪近鉄バッファローズ」の買収を申し出るなど、その名を広げていく。
また、230億円で弥生を買収し、3年後に710億円で売却するなど、当時珍しかった企業買収(M&A)により、積極的に会社を大きくしていく。

・2006年1月16日
ライブドア本社に東京地検特捜部の強制捜査が入る。

・2006年1月17日
ライブドア関連株の株価が暴落する。

・2006年1月18日
午後2時40分、東京証券取引所が全銘柄取引停止の異例措置を行う。
ライブドア株の取引については、その後も1日1時間に限定する特別措置が続いた。

・2006年1月23日
午後11時過ぎ、東京証券取引所が記者会見を行い、ライブドア社長堀江貴文容疑者の逮捕を受け、同社株とライブドアマーケティング株を同日付で監理ポストに割り当てると発表する。

・2006年4月14日
ライブドアが上場廃止される。

 

ライブドアショックが起きた要因

では、なぜライブドアショックが起きたのか、その要因について見ていきましょう。

 

株式分割によって多くの投資家が巻き込まれた

株式分割とは、資本金をそのままに株式を細分化することです。

最低取引単位を1株に設定することで、より多くの個人投資家を集め、投資初心者までもがライブドア株を購入しやすくなっていました。

 

実際に、当時ライブドア株の発行株式数は10億株を超えています。

この株式分割により、ライブドア株を所有する投資家の絶対数は膨れ上がり、ダメージも広がりやすい状況が出来上がっていたと言えます。

 

マネックス証券が掛け目を0%に設定

ライブドアに投資する多くの個人投資家は、信用取引を行っていました。

信用取引とは、有価証券や現金を担保として証券会社に預けることで資金を借り入れ、株の売買を行う投資手法で、これを行う際には、取引金額の30%程度を保証金として口座に入金する必要があります。

 

しかし、この保証金は現物株式を担保として代用することが可能とされ、その場合、一般的には評価額の80%程度が保証金とされ、その保証金を計算する際は「掛け目(評価額に対する割合)」が設定されます。

この掛け目は、各証券会社が設定するもので、状況に応じて変更が行われるのですが、ライブドアが強制捜査を受けた際にも行われました。

 

マネックス証券が、ライブドア関連会社の5銘柄についての掛け目を、それまでの70〜80%から一気に0%に変更したのです。

掛け目が0%ということは、つまりライブドア株には信用取引の担保としての価値はないということになります。

 

その結果、ライブドア株を担保に信用取引を行っていた投資家の多くは保証金不足に陥り、差額分を補填しなければならない状況に追い込まれました。

ライブドア株の売却だけでなく、ライブドア以外の株の売却も迫られることになったのです。

 

そして、これを聞きつけた投資家の間では、他の証券会社も同じ措置を講じるのではないかと不安が広がり、売り注文が殺到するに至りました。

マネックス証券が、突然掛け目を0%にしたことによるこの一連の流れは「マネックス・ショック」とも呼ばれ、これにより、東証1部に上場している90%以上の銘柄が値下がりする事態になり、TOPIXや日経平均株価までが2%を超える暴落、日経平均株価は500円近く下落しました。

 

ライブドアショック後の変化

ライブドアショック後、証券取引法が金融商品取引法となるなど、再発防止のための改正が行われました。

一部証券会社が実施している単元未満株取引などを除き、現在では当時のような1株での売買は不可能となり、株式の売買単位は百株で統一されています。

 

また、ライブドアショック後の2009年、東京証券取引所は全銘柄取引停止のような異例の事態が起きないよう、売買システムを強化しました。

そして、ライブドアショックで大きな損失を被った一部の株主は、ライブドアやライブドアの経営陣に対して損害賠償を求める民事裁判を起こし、訴えの一部が認められ賠償金の支払いを命じる判決が出されています。

 

ホリエモンこと堀江貴文氏は、2011年に2年6ヶ月の実刑判決を受け、2013年に出所した後、現在もさまざまな事業に投資を行っており、特に宇宙関連事業には力を入れているようです。

 

まとめ

今回は、ライブドアショックについてお伝えしました。ライブドアショックは、一企業がきっかけとなって日本中を巻き込んだ大きな出来事でした。

同時に、企業の不祥事によっても市場が大きく揺るぐことを実感した出来事でもあります。この事例を活かし、話題性だけにとらわれない投資の重要性を考えてみてはいかがでしょうか。

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